【むーちゃんへ。】






【むーちゃんへ。】


2018.9.28
むーちゃん! 久しぶり。元気?
こう言う私のことを、何よ今更ってくすくす笑ってる姿が浮かぶよ。
今日(あ!もう昨日だ)、NHKの連続テレビ小説「半分、青い。」で、主人公の鈴愛(すずめ)ちゃんの親友が東日本大震災に巻き込まれてなくなり、どん底にいた鈴愛ちゃんが彼女に会いに行ってこようかなって出かけていったシーンがあったの。
どうしても、泣いてしまった。
私は、2000年4月にむーちゃんがこの世から離れていったとき、発病真っ盛りでまだ誰も私の病気の正体を知らないときで、私はむーちゃんがなくなった知らせを聞いてもそれが何のことなのかすら分からないほどひどい状態だった。
しかも、その、ちょうどなくなったらしい日(未だに命日を知らない、知ろうともしない私はどうなんだろうね)の数日前、私は「行かなければ」って唐突に思って家から脱走して、東海道線を乗り継いで、終点の岐阜まで行っていた。岐阜。むーちゃんの故郷。もちろん、むーちゃんは東京の病院にいたはずだから、私は見当違いなところに行ったわけだけど、なぜ岐阜だったのかを考えたとき、きっとむーちゃんが助けを呼んでいたんだろうなって思った。相変わらず、私は、いつも見当違い。
精神的な調子が良くないことは、お母さまから直接ご連絡いただいて分かっていたけれど、その頃の私はもう病気に向かって進んでしまっていて、自分の生活すら危うい時期だった。
あの頃、あのちょうど世紀末、むーちゃんも私も何か分からない、心の戦争を戦っていたのかもしれないね。
私だけが生き残った。
助けてあげられなくて、ごめん。
むーちゃんのお通夜はもちろん、お葬式にも行かれなかったけれど、ご実家に初めてお参りに行ったとき、初めて買った、あの頃はまだ珍しかった水色の花。オキシペタルム。見た途端にむーちゃんにぴったりの花だと思った。それをいっぱい持って。あれから、あちこちで見かけるたびに、会えたみたいで嬉しい。「久深ちゃん大丈夫? また無理してない?」っていつも言われてる気がするよ。
自分の病気の治療を始めて、でもまだ妄想が全然止められていなかったから、むーちゃんともあの頃は、直に話していたね。むーちゃんのHPを作って数年はその状態が続いてた。むーちゃんの住んでたメゾン・ド・パラディのそばの、むーちゃんが好きだった喫茶店で、お母さまのご意向もあってお茶会を開いたときも、みんなへのお返し何にする? って普通に相談していたよね。むーちゃんが好きだった紅茶の茶葉を業者の使う紅茶缶に詰めて、むーちゃんのイラストのシールを貼って、むーちゃんの好きだったくまのプーさんのシャボン玉キットがあったから、それも大量に発注。私はその頃、初めて声が出なくなって(それはもしかするとむーちゃんと話すためだったのかもしれないね?)、筆談とジェスチャーでその催しを乗り切った。この会のために、いろいろな人、業者の人とも話したけれど、皆さん、ほんとよくしてくださったよね。
なくなった後になってしまったけど、むーちゃんの作品が載った「MOE」や「詩とメルヘン」も、むーちゃんが属していた短歌会「かばん」の皆さんが編んでくださった短歌集『シチュー鍋の天使』も素敵な仕上がり、むーちゃんの短歌もずっと残るものになったね。何か童話も残したいって「MOE」編集部を通じて白泉社の方とお話して、出版した『天使のジョン』には私も協力させてもらったし(装丁を、むーちゃんが好きだったトーベ・ヤンソンさんの小説集も手がけてくださっていた祖父江慎さんにお願いできたのは、編集長の偶然なるご縁もあったとは言え、すごいことだったね! いろいろ私の方は手元にあるむーちゃんからの手紙やらイラストやらをひっくり返して用意が大変だったけど笑)、むーちゃんの希望でもお母さまのご意向もあった東京での個展も、いいギャラリーが見つけられて、とても素敵に開催できた(オーナーさんが企画して調理してくださった、むーちゃんの短歌のエッセンス満載のスペシャルメニュー、美味しかったね!)。
その間、ずっと、私はむーちゃんに話しかけつづけた。でも、私の妄想力が、治療によって落ちてきて、HPも何年か経った頃、ふと気づくと、周囲の人のむーちゃんへの接し方と、私の接し方が大きくずれていることに気づいたの。世の中は、むーちゃんがいないまま時間が進んでいた。本当はその流れについていかないといけなかったのかもしれない。でも、私には無理だった。
私はHPからそっと手を離した。
HPを始めてからのあの数年の間、周囲からは一体どんなふうに見えていたんだろうね。
むーちゃんのHPは、私にとって、むーちゃんを感じられる場所、そして立体投影装置のようなものだったんだと思う。むーちゃんは、「書いたものはみんな久深ちゃんに預けるから」ってずいぶん前から謎なことを言っていて、私は手紙と一緒にいろいろなものをたくさん預かっていたから、何とかこれをむーちゃんの望むようにしたいという気持ちもあった。私は思いつく限りの手段でそれを実行しようとした。でも、うまく続けることができなくて、ごめんね。世界の流れの隙間を縫って、続けることだって、きっとできたと思うのに。
今は、むーちゃんのことは、私の頭の中以外では、お母さまとのお手紙で話してる。
むーちゃんがくれた言葉、私や私の作品への言葉を、私は大事に覚えてるよ。
私が未だに書くのをやめないでいられるのは(もう創作はしてないけど)、あの頃のむーちゃんの言葉があったから。
HPをやっている頃は不安だったけど、むーちゃんは一生、私の中からいなくならないって今は確信できる。
存在の仕方が変わっただけなの。
私は、今もある人の、大好きな人のHPをやっているのだけど、って、彼女のことをむーちゃんは前に近くに来てくれたときも話してくれたから、よく知っていると分かっているけど笑。
むーちゃんのHPとは多分役割が全然違ってて。それだけはそう思うんだけど、未だに始めた理由も存在意義も結局よく分からないや。
たった一つ同じなのは、その人ももう一生、私の中からいなくならないってこと。
それから、おそらく誰かのHPは二度と作らないだろうってこと。
今日ね、妄想で、その人から「私はあなたのことが嫌いです」って、「その気持ちは二度と変わりません」って言われた。私の大好きな、静かな口調で、やわらかい声で。そこまではっきり言われたの、初めてだった。今の私なら受け止められるって、彼女が、もしくは神さまが判断したのかな。
それでも、彼女の気持ちが二度と変わらないのと同じくらい、私の彼女を好きな気持ちも変わらない。変われない。
彼女の性格を私は全然知らないけれど、お互い頑固かもね笑。
むーちゃんも、相当頑固だったけどね!!!笑笑
何が正しいのか、何を選ぶのが幸せなのか、誰にもきっと分からない。
私は彼女のことが好きな自分でいいって、それが傍からどう見えても、それでいいと思っています。
秋がいちばん似合うむーちゃん、今年もあちこちの秋を楽しんでね。