【呼ばれないと行かれない@奈良】






【呼ばれないと行かれない@奈良】
2017.9.10
さて。今回の旅路は奈良です。
行く前に前置きを書きました。
前置きから読まれたい方は、このすぐ下から、旅行記から読まれたい方はこちらへ。



今は、2017年9月7日です。明日、奈良に前日入りする予定です。
この文章は、なでしこリーグ2017第14節についての遠征記にする予定ですが、前置きだけ先に出します。



私が統合失調症を発症したのは、2000年に入る頃でした。
それまでフリーで受けていた本の編集の仕事は、自分の情報がみな流れていってしまう感覚があったことから、出版前の企画や原稿を持っていられる状態ではないと思い、仕事ができる状況ではなくなったことを理由に、すべてお断りし、預かっていた原稿も謝って各所にお返ししました。
しかし、病気であるという自覚症状は全くなく、3月に当時同居人と住んでいた家を脱走して、実家の自分の部屋の押し入れに隠れて暮らしていました。
とにかく、自分の情報が何もかもみんな知られてしまう、監視されているという妄想があって。相当しんどかったですが、私は根がお気楽なのか、自分が悪い状態にあるとは思っていませんでした。
もはや一般的な盗聴・盗撮のレベルを自分の置かれた状況が上回っていることが徐々に分かるにつれて、これは、自分が生まれたときから国が内密に行っているサンプリングの監視対象になっていたことに気づかなかっただけだったのだと思ったりして(笑)。でも、監視対象になることで自分の情報が蓄積され、それがある場所では権力的に働く可能性が今になって露呈してきたのだとも思っていました。
さらに妄想が進むうちに、そこに宗教的な要素が付け加わり、外を歩くと、道を行く人が私に笑いかけ、拝むような行動をとっているように感じるようになりました(私が今、自分の視覚に、昔のような自信が持てないのは、この頃の強烈な幻視体験によります。おそらく人は、自分の心が見えるようにしか、対象を見ることができないのです)。
その頃、東京の南の方、小笠原諸島の付近で、小さな地震が頻発していました。そのたびにとてもつらくて、それが高じるうちに、そのうち大きな地震になってしまうかもしれないと思ったとき、私の身体におかしなふうに力が蓄えられているせいかもしれないと思い、自分の身体を移動させることで、少しでも地震の軸を安全なところへ移す必要がある、それを兼ねてお参りに行こうと決めました。行く先は、人型の神さまをまつるところではダメだと思い、土地に対する信仰を持つところとして、三輪山を見つけました。三輪山は山がご神体だからです。
そして、4月の岐阜に次いで、二度目の実家からの脱走。夜に、奈良に到着。
ホテルでは、ちょうどロビーにあったテレビに沖縄サミットの様子が映し出されていました。2000年7月のことです。
翌日、三輪山に向かう途中の道でも、すれ違う人たちから笑顔でそっと「ありがとう」と拝まれつづけました。
三輪山に登るのに、ただ導かれるままに、本来のルートではないところを通って、脇道から、けもの道へ入りました。ふと鞄を見ると、見たこともない緑色のきれいな小さな蜘蛛が止まっていました。黒い鞄だったので、目立って。「一緒に行ってくれるの?」。案内人かもしれないと思いました。
そのままどんどん上がっていって、あるところで、とても大きな石のある場所に出ました。倒れて重なったような木が、鳥居の形をしていました。「ここかな」。
「よくきた」と声がしました。そこで、ほっとして、私は自分にかかっていた力を降ろし、お祈りをして、疲れて、横になりました。
どのくらい眠ったか、起き上がって、役目を終えた私は、元通りの道をたどって山を下りました。
緑色の蜘蛛は、その日、現地で泊まったホテルでも一緒でしたが、朝、ホテルを出て、私がその土地を離れる頃に、鞄からいなくなっていました。
8月に入って、小笠原で震度4の本震が起こりました。
私のお祈りは、果たして意味があったのか。それともまったくなかったのか。神さましか知らないこと。
本当に役割を終えたと思ったとき、私は、初めて自分が病気であることを自覚しました。5月に一度だけ連れて行かれた病院に、自分から、もう一度行きたいと親に頼みました。
何一つ後悔はなかったけれど、生きる意味がなくなった私の、つらい治療が始まりました。



三輪山に、ちゃんとしたルートで登らなかったことが、ずっと気になっていました。ただ、三輪山に行ったこと自体も人に話せたのは後になってからで、どこまで自分の行動としていいのかも、定かでないまま時が流れていました。
2013年、なでしこリーグのカップ戦の湯郷の試合が鈴鹿で(今回と同じく伊賀の開催です)行われました。そして中2日で次の試合が美作であると知ったとき、唐突に、この旅程の間に、三輪山に登ろうと思いました(この頃、美作までは新大阪から高速バスを使っていたので、旅程は難しくありませんでした)。
当時、決して、体力があったわけではありませんが、どうしてもこのときは行かなければならないと思って。
鈴鹿で出待ちをしたときのこと、よく覚えています。18時キックオフでしたから、もうとっくに夜で、暗い中、出待ちして、当時ずっと持っていた鞄に、中野さんに「明日これを持って大事な用事があるので、サインをください」と言って、サインを、もらいました。
翌日、三輪山へ。正規なルートを頂きまで行くのは、体力的にかなりしんどかった。途中で、深刻な病気を患ったけれど、三輪山に登っているうちに治ったというおばさまにお目にかかりました。「だからあなたも自分の病気をあきらめないで」と言っていただきました。そして、「自分が大事に思っている人、自分を大事にしてくれる人に感謝しながら登るといいのよ」と教えていただきました。
感謝しながら登っていくうちに、山からも「ありがとう」と言われているような。感謝の、こだまのような。
山登りがしんどくて、途中で、何度も中野さんのサインを見て、触って、自分を励ましました。中野さんも、自分が大事に思っている人だったから、中野さんにもたくさん感謝しながら。
山の頂上に何とかたどりついて、2000年の非礼をお詫びして、再びここに来られたこと、そしてここまで生き延びさせてもらったことに御礼を言いました。
頂上で出会った、同じ年齢くらいの?女性となぜか意気投合し、一緒に山を下りて、麓で三輪そうめんを食べて(笑)、彼女が通り道だからと言って、私がその日泊まる予定にしていた天理まで車で送ってくれました。
「また、いつか、どこかで」「うん」
連絡先も名前も交わさず。彼女は話の端々から、国内外のパワースポットを回っているような人らしかった。会える人なら、きっとまた会える。お互いにそう思っていることが分かりました。



今回、中野さんが長野に来てすぐ、奈良にも来ることになると分かっていましたが、まったく、三輪山のことは頭に登りませんでした。長野のことで、精一杯だったからか。というより、今回は、山に呼ばれていないのだと思います。
あの場所には、本当に必要のあるときしか、きっと行けない。
今回、書いたようなことは、2013年当時も書きませんでした。本当に何かしら意味のあるときにしか、きっと書けない。
まだその意味は私には分かりませんが、自分がまた、何か、どこかへ足を踏み出す時期なのかもしれません。



ここから、旅行記の本編です。
予定通り、前日入りしました。
いつも通り、少し早めに出発。昼過ぎに。
新横浜に出て、新幹線で京都へ、そこから近鉄線で奈良へ。
なんか、何も考えず、JRで行くものだと思っていて、JR奈良駅の近くにホテルをとったんですが、Yahoo!の路線検索で出してみると、近鉄線を使っていく方が、本数も多いし安い。
近鉄の奈良駅とJRの奈良駅が、徒歩で行けるところで、そう遠くなくてよかったです笑。
東海道新幹線は、けっこう久しぶりだったので、もっと緊張しちゃうかなと思っていたのですが、滞りなく奈良まで。

近鉄線、面白い座席でしたよ! 人もいなかったので思わず撮ってしまった。

着いたのは17時前でしたか、その近鉄奈良からJR奈良駅方面に行くまでに、寄りたいところがありました。
その一つは、伊賀FCくノ一のたまにツイッターのタイムラインでお見かけするサポーターの方が、つぶやいていらした、よもぎ餅のお店。
奈良市街にあるというので、調べてみたら、ちょうど道筋の途中にあったのでした。
「ひがしむき商店街」というアーケードを通って、通りに出たところにある。

アーケードの天井にあった飾り。早速、鹿です! それから〜、商店街の名前が書いてあったから記憶のために撮ったけど、竜の船に乗っているのどなたたちかしら?

中谷堂というお餅屋さんで、何でも、高速で餅つきをするところらしいです。美味しさの秘密もそこら辺にあるらしいです。
この時間帯は特に動きはなく。
本日中に食べてください、とのことだったので、いちばん小さな3個入りにしました。

お餅屋さんののれんと店先、後でホテルで撮ったお餅。お餅、美味しかったです♪

それから〜、右に曲がって、後はまっすぐ行けばJR奈良駅に行けるはず。
とてものんびりした雰囲気の通りでした。
空気が緩やか。
高い建物もほとんどないし。
車も通れる通りですけど、それほど通ってなかったな。
もう一つ寄りたかったところは、夕食をとろうと思っていたお店。
近鉄奈良駅からJR奈良駅に向かう道を、グーグルマップでつぶさに見ていたときに、たまたま見つけたんです。
「マナ」という名前のお店。
。。。
調べてみたら、インド料理のお店でした。
奈良で、インド?笑
うん、でもこれ以上探すと消耗してしまうから、ここにしよう。
そのときで17時半頃かな、17時にディナーの部が開店だったので、店内にはまだ誰もお客さんはいませんでした。
座って、出されたメニューを見て、ちょっとびっくり。
いきなり、表紙にマハトマ・ガンジーの顔が載っていたからです。しかも下にガンジーに関する詳細な説明がついてる。私自身は、インドの独立に際して、「非暴力」を掲げ、平和な態度を貫き通した人として記憶しています。それでね、メニューを隅から隅まで見てみたら、何だかとってもとっても真面目なお店だったのです。
メニューの裏には、ご主人(というかお料理を担当なさっている方)がここにお店を開くまでの人生で、料理人になるまでや、なってから、どんな道を歩んできたかが事細かに書かれていました。
また、店名の「マナ」というのは、食事の神さまのことだそうです。漢字で「糧」という字が添えられていました。
こうやって、ちゃんと説明できる人生ってすごいなぁと思いました。だから、ガンジーのような偉人をメニューの表紙にもできるんでしょう。
奈良のこの通りにお店を持つことになったのも、きっと何かご縁があってのことなんでしょうね。
さて、何を食べようかな? ここの料理の主力はカレーでした。私はインドカレーを食べるとき、だいたいマトン(羊)を頼みます。前回も書きましたが、単なる羊肉好きです。
セットメニューで選べる中にはマトンが入っていなかったので、マトンカレーとナン(インドでカレーについてくる大きな平たいパン)とラッシー(牛乳とヨーグルトで作られたインドの飲物)を個別に頼みました。マトンのお肉が、、すごくよく煮込まれていて美味しいお肉だった。。ナンには、軽い塩味がついていました。ラッシーは、このお店ではヨーグルトを多めにしているとのこと。これも美味しかったです。

お店は2階にありました。左が入口上部。中央がメニュー表紙。右が食べたもの。

お腹いっぱいでお店を出て、さらにJR方面へ。
JR奈良駅も、雰囲気の穏やかなところでした。
ホテルはすぐ近くだったのですぐに見つかって。
何だか、何も考えられず、買い物をせずにホテルに入ってしまいました。とりあえずチェックイン。
まぁもう夕食も食べたし(だいたいいつもコンビニで夕食と翌日の朝食を買うのです)、外にもう出たくないな。ということで、ホテル内の自動販売機で飲み物を購入して。お餅を時間を空けながら食べて、シャワーを浴びて、すとんと就寝。



8時にアラームで起床。うん、よく寝たみたい。大丈夫。
以前にも書いたかもですが、旅先での朝食は(最近はだいたいバイキング形式が多いですね)、無料でついていても、前日にコンビニで買ってきたもので済ませてしまうことが多くて。
チェックアウトの前にちゃんと身なりを整えてから、他の人もいる会場に朝食を食べに行くというところまで、精神力も体力も持って行けないことが多かったのです。
でも、この日は、朝食を買っていなかったし、コンビニが近くにあることは分かっていたので、早めに出て、行く予定にしていた奈良公園で食べてもいいかなくらいに思っていたのですが、ふと、あ、朝食バイキング覗いてみよう、と思いました。
行ってみると、誰もいなくて。和食系も洋食系もあったので、洋食系のものを選んで、ちゃんと食べました。
うん、これでよかった。体力的にも安心。
部屋に戻って、定時の薬を飲んで、少し落ち着いてから出発。



昨夜のうちに、観戦用具をまとめて、いつもたたんで持っているムーミンのエコバッグの中に入れてあって、とりあえず、残りの荷物を、前日に確認していた近鉄奈良駅のコインロッカーに預けに。

歩いている途中で見たブロックと、奈良の観光案内所?「ナラニクル」。「奈良に来る」と「クロニクル」をかけているんですかね♪

途中で、前日、お店の前を通って、ぜひここで買い物したいと思っていたローソンに飲み物を買うために寄りました。何でかって、建物が! とっても古かったんです。
レジで、年のいったおばさまに「ここの建物古いんですね」って言ったら、「昔は豆を売っていたのよ」って。指さされる方を見たら、お豆がたくさん並んだ棚がありました。それで、そのお豆も一袋。
後で、入口を出たところを振り返ったら、「ぜいたく豆」という看板がお店の前に置いてありました。この看板を出していたお豆屋さんだったんですね。

町家づくりらしいです。なんとも言えない風情のローソンのロゴ。右が後で撮ったお豆。今日食べましたけど、まさに「飾らないおやつ」。美味しい。

それからっと、お昼ご飯のために、、。
奈良と言えば、柿の葉寿司が有名なんだそうですね。
前日に、けっこう売っているところを見かけていたので、どこかで手に入るかなと思っていたら、ちょうど歩いていた道の角に、柿の葉寿司のお店が。
そこで、秋の期間限定らしいやつをゲット。
これで準備万端。
いよいよ奈良観光!
予定では、奈良公園で鹿に会って、そこから試合会場であるならでんフィールドに向かう途中にある東大寺だけ寄れればいいかなと思っていたのですが、時間がたくさんあったので、春日大社にも寄ることにしました。
中国人と思われるご一行が、観光ツアーで歩いていました。
敷地が近くなってきたら、鹿が〜♪
さらに鹿せんべい屋さんも〜♪

寄ってきた鹿と鹿せんべい。

前日に、中野ファンの奈良在住の方から、鹿せんべいをあげるなら、午前中の早いうちの方がいいですよとアドバイスいただいていました。お腹いっぱいになっちゃうと食べてくれないんですって。
私が会った時間の鹿は、食欲旺盛な状態だったので笑、鹿せんべい、あっという間に食べてくれました。
奈良で鹿に会うのは、中学校の修学旅行以来です。
私は、公立の中学で、都立の高校だったので、修学旅行は両方とも、京都と奈良でした。行くルートはかなり違っていましたけども。
その中学のときの鹿といえば、、友人たちと班行動していたんですが、奈良公園内の地図を手に持っていたら、いきなり寄ってきた鹿に食べられちゃったんですよ!笑 取り返す間もなく、全部食べられました。すごいショックだった。
よっぽどお腹が空いてたんでしょうね。。
でも、この日は襲ってくる鹿はいませんでした。前述の奈良在住の方から、鹿にはけっこう癒されますよ、と伺っていた通り、この日は、たくさんの鹿をたくさん撫でて、たくさん癒されました。
動物を撫でると、安心しますよね〜。
まぁ、うちにも一応、猫がいるんですが、狭量な心の持ち主で、人を癒すとかいうような精神は持ち合わせていないので、たまに捕まえて抱くとそのときは心が癒されますが、あんまり日常的じゃない笑。
私に、大人になってから本当に、そういう意味での癒やしを与えてくれたのは、仙台のアイドル犬だったシュガーとクッキーです。2頭ともとても大きな、ラブラドール・レトリバーでした。
中野さんが仙台にいた頃、遠征が体力的・精神的にしんどくて(2014年にちょっと再発気味になって、そこでいったん心も身体も落ち込んでしまって、2015年に中野さんの移籍を機に立て直しを図っていました)、特に試合後、出待ちをする時間が本当につらくて、でも中野さんに会いたくて、そのときに一緒に出待ちしているシュガーやクッキーのそばにいさせてもらって、撫でさせてもらって、寄っかからせてもらって、その時間を持ちこたえました。
彼らは、たいして仲もよくない私を、嫌がらないで甘えさせてくれて。本当にいつも助けてもらっていました。
2017年に入って、2頭とも虹の橋を渡っていってしまいましたが、あの癒された時間は、私の中では、感謝の気持ちと一緒に、決して消えない記憶です。



ここも奈良公園でいいのかな? 春日大社に向かう道。

参道の景色、心地よい。春日大社の中も鹿だらけ。

お参りして、御朱印もらって、次は東大寺に向かいます。
観光客が(自分もそうだけど)増えてきて。

東大寺の大仏殿(遠景)と、中学の修学旅行以来の大仏拝観。

ここでも御朱印をいただいて。
ちょっと疲れてきたかなぁと思いながら、東大寺の敷地を出るあたりのお土産屋さんで、いいもの見つけてちょっと元気に。最近出たやつはやってないですけど(ゲーム全然やってない〜)。

クリアファイルです。他にもドラクエバージョンがありました笑。鹿関連が他にも。

東大寺を出てからは、グーグルマップを立ち上げて、いちばん近そうな道で、ならでんフィールドに向かいました。
裏道を通ったら、住宅街みたいなところも通れて、聖武天皇のお墓も通過(入口で拝むだけに)、途中にあった川にまで鹿がいました。

川にいた鹿。地元のサッカークラブの奈良クラブの自販機。道路の鹿注意の表示。住宅街で元気に咲いていた朝顔。

そういえば、マンホール。初日にゲットできていたんですが、いわゆる絵柄が入っているやつは1種類で統一されているようでしたが、いろいろなマンホール見てて、どれも中央に「奈」って多分デザインされているのが可愛かった。桜の花の中に「奈」って入ってるんですけど、微妙にデザインが異なっていたりして。

桜は桜でも、八重桜なんですって。百人一首にも入っている「いにしえの奈良の都の八重桜けふ九重に匂いぬるかな」(伊勢大輔←この名前で女性なんですね)によっているそうです。

そうして、到達、ならでんフィールド!!
元々の名前は鴻ノ池運動公園陸上競技場。今のネーミングライツが適用されたのは2016年10月だそうです。

運動公園の石碑と、ならでんフィールド外観。右は伊賀市の??出店で呼び止められて、勢いで買っちゃった干し肉。忍者携帯食、三重県産のさくらポークを使った豚を(牛はオージー産だって言うから笑)。

到着して、しばらくして入場開始♪
今日は、伊賀の選手を応援中の関東のお友達に、伊賀開催のホームゲームに入場できるプレナスの招待券をいただいていて、それを使わせてもらいました(ありがとう〜)。
伊賀のホームの試合では、試合等は撮影禁止なので(伊賀だけはこれを貫いてますね〜)、会場内では入場してすぐの競技場と、座席で食べる前の柿の葉寿司だけ。

今日も気持ちよく晴れました。直射日光浴びてなかったのに、腕が焼けちゃった。柿の葉寿司、ネタは、秋味として、焼き秋刀魚、炙り鮭、焼き鯖。んまかった!

この日も、アウェイ席で、湯郷の頃からのお知り合いに、なんと3人もお会いできてしまいました!
本当に次はいつお会いできるか分からないので、よかった〜。
試合は、FMなばりで放送されたので(録音しましたが、まだ聴いてないです)、お聴きになった方も多いかな。
今日は、写真が残らない分、大事に試合を観て、心にまた中野さんのプレーをしまいました。

競技場のコンコースに咲いていたコスモス。この日は給水タイムが設けられるくらい暑かったですが、きっともう秋なんだぁ。そして! 最後は伊賀のマスコット、くノんちゃん! この日も試合前やハーフタイムにチアリーダーの子どもたちと一緒にキレキレのダンスを見せてくれていました。久しぶりに動く生くノんちゃん観られて嬉しかった〜。写真は試合後、競技場の外にいたところを撮らせてもらいました♪




奈良は、いろいろ見所の多い土地ですよね。
高校の修学旅行で行った山の辺の道が、とても素敵なところだったので、またいつか歩きたいなぁと思っています。
そんな余裕ないかな。
先のことは、先のこと。
ほんの少しでしたけど、奈良散策、楽しかったです!
中野さんのことが少なくてごめんなさいm(_ _)m