【カップ戦第10節ひとめぼれ2016】






【カップ戦第10節ひとめぼれ2016】
2016.8.15
そろそろ流行りの第一次ピークは過ぎた頃でしょうか、ポケモンGO。とにかく低速度の移動が大事なこのゲーム、しかし私的には歩行距離の長い、せっかくの遠征中にも、面倒で起動してなかったりして、超適当に遊んでいるんですが。昨日、近所に買物に出かけた際に、卵がかえって、ラッキー手に入りました。ラッキー?笑
今回の旅行記は(書いては挫折を繰り返し)、はっきり言って情緒不安定なジェットコースターで、最後は破綻も来してますが、よろしくお願いします。

*

カップ戦またしても仙台のホームで初体験のスタジアム、ひとめぼれスタジアム宮城(宮城スタジアム)。2002年の日韓共催W杯のときに建てられたものですが、当時からアクセスの悪さが評判でした(笑)。
かねてから一応、道程を調べてはいましたが、「行けるかなぁ笑」って感じ。まさに東北の三木防災的な。。。

31日に駒場に浦和戦を観戦に行った時点で、あと1試合、と思っていました。
7月28日に出た湯郷の、宮間あや選手を含む4名の選手の退団意向表明は、私にとってはかなり重いもので、トップページのブログにも書きましたが、私の中の女子サッカーがしばらく放心状態になってしまっていました。自分にとってどこが足元なのか、分からなくなってしまった。
でも、あと1試合。
そうしたら、カップ戦の準決勝まで約3週間あります(この間に、春に私を、その情報によって引きこもり状態から引っ張り出してくれた石巻合宿&復興支援マッチがありますね。いろいろ調べて数日かけて滞在したいと思っていましたが、今回は断念)。その間に、もう一度、自分なりの女子サッカーとの関わりを考えるくらいのスパンで考えよう、と思っていました。

でも、どうやってスタジアムにたどりつくか。
実は、このところご縁があって、観戦をご一緒することの多かったゆきにくまんさんが、先日の市陸でお会いしたときに、連れていってあげると言ってくださっていました。
人との約束は苦手だけれど。。。、
今年の遠征に関して、他にした唯一の約束は、会津でのベル女の皆さんとのものでした。「ドタキャンでも当日来ちゃったでもいいからね」とまいさんが言ってくれて、結局、当日の朝にほとんどその場の成り行きで合流するという結果になっていました。ベル女の皆さんだから許してもらえるいい加減さ!m(_ _)m
家族を含めても、誰かと長時間一緒にいることが難しいのも現状ななかで、この挑戦をしてみようという気持ちになったのは、快挙だったと思います。幸い、快くご承諾をいただきました。
しかし、週の半ばには女子サッカーに関することも含めて心が厳しくなり、同時に人といるプレッシャーに耐えられるかも自信がなくなって。ホテルもいったんキャンセル。ゆきにくまんさんにもその旨、ご連絡。
「それでも明日、良くなって新幹線に乗れたらメールくださいね」と言っていただいて。またも不安定を露呈。
当日。起きてみて、やっぱりいつ会えなくなるか分からない中野さんに会いたい、行こうと思ったけれど、ゆきにくまんさんにお世話になるか、徹底的にシミュレーションした道程で自力で行くか、かなり悩みました。仕度をしている間に思ったのは、やっぱり初志貫徹で行こう、ということでした。

ゆきにくまんさんとの約束の時間に行くには、自力で試合開始30分前にスタジアムに到着するよりは2時間くらい早く東京を出る必要があって。
というのも、待ち合わせの場所が、新幹線の白石蔵王(しろいしざおう)という駅だったからです。仙台の一つ手前の駅ですが、新幹線は止まらない列車も多くて。でも、今の調子で出ればじゅうぶん間に合う。1本早いのにさえ、乗れそうでした。相変わらず、座っていくために、最寄りからの電車も鈍行、大宮までの電車も鈍行。それでも、1本早い新幹線に乗れました。
家の近所で買ってきた3個のおにぎりのうち、1個だけ食べて。ホテルを改めて予約。
女子サッカー関係のお友達(と呼んでもいいのだろうか。お会いしたこともないのに)で、ずっとメッセージを書きたいと思いながら、返事ができていなかった方に、スマホでずっと返事を書いていましたが、泣き出してしまって、やっぱりうまくいかなかった。
ちょっと落ち込んだまま、白石蔵王に到着。

20分くらい約束より早いし、改札の外にソファもあるようだし、外に出て駅舎でも撮りますかと思って、駅から出たら、ちょうどゆきにくまんさんがこちらに歩いてくるところだった(笑笑)。それで、あ、何か大丈夫だと思えました。

エネルギー充填のため、がっつり天麩羅うーめん。

ゆきにくまんさんがメールで教えてくれていた、白石蔵王駅にある立ち食いの「うーめん」屋さんで、腹ごしらえ。
「うーめん」って、いつだったかな、一緒に観戦させていただいたときに、ゆきにくまんさんからいただいて、初めてその存在を知ったんですが、白石の名産品で、「温麺」と書いて、「うーめん」と読むんですね。で、見た目はそうめんに非常に近いんだけど(食べてみて、味はうどんに近く、そうめんより太い感じ)、丈が短いんです。15センチあるかどうか、くらい。どうしてこの長さなんですかね〜。←調べろよ
食べ終わって、時間に余裕があったので、すぐ横にあった白石蔵王を紹介するコーナーに入ってみることに。ゆきにくまんさんも新しくなったのは見たことがないと仰っていたので。
何か、新幹線を降りたときから、今、大河でやっている「真田丸」と何か関連があるみたいだということは分かって、そのことも含めて、コーナーがリニューアルされた感じでした。
で、そのコーナーに入ったら、「毎月7日はうーめんの日」って幟が立ってる。そうなんだ〜、うーめんの日ですか〜。ゆきにくまんさんも知らなかったそうです。そして、ゆきにくまんさんが先に気づく。
「今日は7日だ!!」

周囲と何の脈絡もなく立っている幟。


笑笑。
本当だ笑。その7日にうーめん食べちゃいましたよ!
それで、今日は、少なくともゆきにくまんさんといる間に関しては大丈夫だ。今日はそういう神さまがついてる、と、そのとき思いました。自分の身体よりそれがいちばん心配だった。途中でご一緒できなくなるとか、嫌な思いをさせたくなかったので。
ありがとう、うーめん。

展示コーナーで、いろいろなうーめん関連の商品だの、やはり白石特産品のこけしだの、そして「真田丸」との関連だのを眺めて、いざ、スタジアムへ出発!
車ね〜、本当に乗り慣れてなくて(一応、免許は持ってるんですけど)。シートベルトを忘れて、いつも笑われる。今回は、先に自分で自分を口頭で注意して、ちゃんとシートベルトしました。
橋を渡るときかな? 道路の欄干に、大きなこけしが立ってました。さすが名産品。

1時間くらい乗せていただいたかな。途中でコンビニでさらに食糧や飲物を調達して、スタジアム到着。

案内板とスタジアム入口、入口にずらっとはためいていた仙台の選手の幟。中野さんの幟もはたはたはた。

 
すでに少しだけ列ができていて、ソシオレディースの列に荷物を置いて、そこは陽ざしがばっちり当たるところだったので、少し離れた日陰に退散して、開場を待ちました。けっこう時間あるかなと思ったら、気づいたら列が動いているのが見えて、急いで駆けつけるという。。
入場のときに、先日の市陸でお目にかかった後援会のご夫妻にご挨拶ができました。よかった! ボランティアお疲れさまですm(_ _)m

中はがらがらで、中央付近の後ろが通路で右が通路、といういい場所に席がとれて、これで安心。
広いですね、宮スタ。

開始前のオーロラビジョン。


ゆきにくまんさんが、トイレに行ったか、たばこを吸いに行ったかされて、一人になったときに、何でしょうかね、いきなりまた泣き出してしまって。わんわん泣いてしまった。
ほっとしたのも多分あったのですが、自分がなぜここにいるのか分からなくなって?
周囲にまだほとんど人がいなかったので、よかったです。
泣いたら、少し楽になりました。
うん、泣けるときはね、まだ全然大丈夫なんですよ。

なんか、ちょうどビッグフラッグが私たちの座席の上からかぶさっていくということで、係の一人になっていたKUROさんが、時間までの間に少し隣に来て話していってくれました。bbsにも全然反応できてなくて、本当に申し訳なく(個人的にはお話ししていて、KUROさんを拒否っているわけではないです! 今の中野さんにはKUROさんのような存在はきっととても必要だと思っています)。
あ、そうそう前回の浦和戦から、KUROさんの初代の「MANAMI」ゲーフラを私がなぜかお預かりすることになって、他のゲーフラ群とは見当違いの場所で掲げています。今回も、メインスタンドの真ん中で(後ろの通路のさらに後ろは関係者席で全然人がいなかったので)掲げましたが、選手入場のときはビッグフラッグで隠れていたし、試合後の選手の皆さんの挨拶のときも、多分中野さんを含めてどなたにも気づいてもらえなかったと思いますが。

試合開始直前の仙台の選手たちの円陣とハイタッチの様子が、オーロラビジョンで大きく映し出されていました。中野さんの笑顔が見えて、気持ちの焦点をサッカー観戦に合わせました。
試合開始。今日は(女子サッカー観戦を始めて以来、スタジアムにたどりつくだけで精一杯なときはいつもそうだったように)ここに座って中野さんがプレーをするのを観ていられるだけでいい、と決めて。
40分に仙台、得点。この得点につながる、中央に来ていた中野さんのナイスプレーが、頭の中をこだましていました。来てよかった、と思いました。

私が不安定なのを心配して、ハーフタイムにりあすんさんが呼び出してくれて、ぎゅーってしてくれました。それでまた少し回復。不思議なんですけども、りあすんさんとねんこさんと、(シュガーとクッキーの)お母さんのぎゅーっだけは、なぜか大丈夫。

試合は2-0で勝利。終わってから、今日は有町選手のことも、後半の途中からの出場だったハルさん(新潟の高橋悠選手。元湯郷で中野さんや有町選手と一緒だったかた)のことも、全くカメラで追うことができなかったことに気づいて。ああ、本当に今日は余裕なかったなと思いました。

今日は家を出る前から、中野さんのゴールがないかぎり、出待ちはしないでいようと思っていました。通りすがりに聞かれた方にも出待ちしないってお答えしていたんですが。
ゆきにくまんさんが出待ちしてみたいって笑。
それで出待ち決定。笑笑。
そこらへんにいたら、ねんこさんやあやさんや、応援団の方や、少しだけどお母さんにもお目にかかれて。「来てたの〜!!」って笑。皆さんにご挨拶だけでもできてよかったです。

うまく撮れてないですが、出待ちから帰る間際のお月さま。

でも、中野さんには何か合わせる顔がなくて。後ろの方にいて、気づいていただいたときに会釈だけ。
一瞬、お顔を拝見しただけなので、勘違いかもしれないですが、またJAPANサッカーカレッジの水島久美選手(元湯郷の)がいらしていて(先ほど動画を拝見しましたが、リハビリ中なんですね)、有町選手と3人で暗がりに去って行かれました。ベガルタバスには乗らなかったのでしょうか。バスのお見送りまではしなかったので分かりません。

帰りもゆきにくまんさんに送っていただいて、仙台まで。本当にお世話になり、ありがとうございましたm(_ _)m
出待ちで、待っている間、しばらく座り込んだりしていたけれど、それほどつらくなかったのは、行きも帰りも車に乗せていただいて、自力移動のための緊張を強いられなかったからだと思います。一緒にいてつらくならなかったのは、ゆきにくまんさんの人徳だと思います。

ホテルにチェックインして、夕食などの調達に駅まで。
でも頭が働かないな・・・。
というわけで、今日もいつもの駅ビルの中の牛タン通りのお弁当屋さんへ。今日は、奮発して「芯たん」にしてみました。お初です。でも以前にお店に寄ったときも注文している人がいて、そうだったけど、「芯たん」は待つんですよね〜。約20分。

仙台駅内の飾りと飾り付けがされているロード内。

それでも芯たんにしたのは、この体力なら、七夕祭りの飾りを見に行けるんじゃないかと思ったからです。
車で送っていただく間に、勾当台公園を通って、出店などですごい賑わいなのを目にして、何かちょっとテンションが上がりました(ちなみに今は知りませんが、勾当台公園ではポケモンGOでピカチュウが手に入るらしいですね。初期の新宿御苑でのフィーバーが終了して今はなかなか出会えないようなので、貴重かも)。

東北のお祭りとしては有名な、仙台の七夕祭り。存在は以前から知っていましたが、商店街という商店街に七夕飾りが所狭しと飾られていて、ベガルタの選手の短冊が飾られる飾りもあると知ったのは今年になってからかな?(昨年の同じ頃は体調が悪くて、あんまり情報収集できてなかった)
しかも、この七夕祭り、日にちが毎年8月6日・7日・8日と決まっていて、曜日で動いたりはしないんだそうです。
今回はたまたま、仙台でホームの試合がある週末にぶつかっていました。曜日だと、土・日・月。
実は、月曜日に行きたいところがあったために仙台に泊まることにしたんですが、後で、七夕祭りとも重なっていることを知りました。これは、ぜひ飾りだけでもこの目で観に行かねば!

駅から歩き出したときはもう9時近くて、駅前の広場のあたりの出店も、そろそろ店じまいという感じだったけれど、商店街の中のものすごい七夕飾りの列を観て、少しだけ雰囲気は味わえたかな?
ベガルタの七夕飾りはクリスロードというところにあるらしい。駅から10分ほどだったでしょうか、事前に調べて頭の中に残っていた地図のとおりにクリスロードに到着、クリスロード内に飾られていたベガルタ仙台の七夕飾りを観ることができました。

それまでにまぁこれでもかってくらい、たくさんのいろいろな飾りがありました〜。目についたのでは、Yahoo!モバイルとか、最中の白松のとか・・・あ、どこが出していたのか知らないけど、ピカチュウの飾りもありました笑。

ベガルタ仙台の七夕飾り。中野さんの短冊(色紙)と、飾りの一部になっていた選手一同の顔写真のひとつになっていた中野さん。写真は選手紹介のものと同じみたいですね。


ちょっと光が足りなくて、風も吹いていて、私のカメラでは(iPhoneでも)あまりうまくピントが合ってないですが、ご容赦。
レディースの選手の色紙は、どれも選手の個性が光ってて、選手の顔を思い浮かべながら、どのお願い事も叶うといいなぁと思いました。
この時間でも、かなりの人が歩いていました。もしかしたらちょうど9時でいろいろなことが終わって、駅に向かう人が多かったのかもしれません。

さて、そろそろ体力も心力も限界になってきたかな? お弁当をとりに駅に帰りましょう。
コンビニに寄って、朝食や一人祝勝会のためのものを調達する必要があったんですが、ホテル近くのコンビニに寄るのがしんどかったので(通りすがりなんですけど)、駅構内にあったコンビニで買物を済ませて、お弁当をとって、ホテルに戻りました。
洗濯したかったので、コインランドリー覗いたら満杯。とりあえずシャワー浴びて、また行ってみて、洗濯開始。それから夕食開始。

芯たん弁当と、一人祝勝会の恒例お酒と甘いもの。

んー、芯たんは美味しかったです。高いだけのことはある。でもいつもは普通のでいいな(ってまたこのお弁当を食べ続ける気か笑。だって楽だし美味しいんですもん〜)。
それから薬を飲んで、洗濯終了したのを見計らって乾燥機にかけて、戻ってきて一人祝勝会。
ここしばらく、テレビを観るのがつらくて(最初は下の部屋で母親といるのがつらいのかと思っていたのですが、それもあるかもしれないが、五輪で観たいと思っていたものが自室でも観られず、テレビの存在の方が大きかったということに数日前に気づきました)、リオ五輪、全く観られていませんが、リオ五輪にちなんで、ブラジルの伝統のカクテルというラムカイピリーニャと、無理矢理中野さん関連で北海道チーズ大福。どちらも微妙な味でした笑。
乾燥が終わって、ようやく就寝。

よく寝ました。眠れてよかった。
9時過ぎにホテルを出発。

美術館入口付近。敷地内の水の流れる柱群。「ぐりとぐら」展入口。

行く先は、宮城県美術館です。仙台から地下鉄東西線に乗って数駅、「国際センター」駅から徒歩数分。
いつもは月曜日は休館ですが、もしかしたら七夕祭りのおかげで? この日は開館でした。それを知って、奇跡だと思って、行きにくい宮スタにも行ってみようと思ったのです。
やっている特別展は「ぐりとぐら」。

ご存知ですかね? ぐりとぐら。洋服と帽子を身につけたネズミの2人組です。
シリーズの第一作では、散歩に出たぐりとぐらが、森で大きな大きな卵を見つけて、カステラにしようと考えます。大きな大きな調理器具を持ってきて、せっせと調理。最後には匂いを嗅いで集まってきた森のみんなで分けて食べます。
幼い頃、多分、初めて読んだ絵本の一冊でした。
出てくる調理器具からすると、できたのはホットケーキじゃないかと思うんですが(でも著者の中川李枝子さんによると、当時は高級品だった「カステラ」じゃないといけないんだそうです笑)、これが作りたくて、私が初めて料理らしいことに挑戦したのは、ホットケーキ作りでした。
展示を見ているときに、私が初めて読んだ文字の本『いやいやえん』も、同じ著者の作品だったことを知りました。なぁんだ、そうだったんだ!
そんな心の故郷に触れて、ほっとしたのか、でも何かもうその故郷には自分は行けないような、取り返せないような悲しさも感じて、会場で、また大泣き。あんまり人がいなくてよかったです。

「ぐりとぐら」展は、ぐりとぐらの誕生から50周年を記念して、2014年から全国を回ってきていました。東京での開催も2014年。体調が悪い頃で、行かれなかった(そもそもその情報さえキャッチしていませんでした)。それが、最後に宮城でやるということが分かって。何とか、試合と抱き合わせで行くことができないかなぁと思っていました。でもそれを考え出した当初はまだ仙台にさえ遠征に行けない頃で。ほとんど夢の世界でした。今回、行くことができて、本当にラッキーでした。
展示を見ていて分かったのですが、原画の多くが、宮城県美術館蔵でした。絵を担当している山脇(大村)百合子さんがもしかして宮城と何かご縁があるのかも? 宮城ではいちばん大きな規模で開催するという情報でしたが、それは宮城県美術館が多くの原画をきっと持っていたからですね。

「ぐりとぐら」にシリーズの作品がたくさんあったことも初めて知りましたし、特に印象に残ったのが、第一作の絵本のページの上に、点字とそれから透明なインクで凹凸をつけた絵を乗せて作られた絵本でした。
ほとんどのページで、本来の絵とは、少しずれたところにその透明な凹凸で描かれた絵が簡略化されて載っていて、でも肝心なところ、例えばぐりとぐらは本来、赤と青の服を着ていますが、それを凹凸の絵では、水玉と縞々の服に替えてあって、ちゃんとぐりとぐらの違いが触って分かるようになっています。

最後のコーナーでは、図書館風になっていて、ぐりとぐら関係の絵本などがゆっくり読めるようなスペースになっていました。そこで上の点字本を読んで、まだまだ読みたい気もするけど、、体力が残っているうちに帰りましょう。

ここでぼんやりするのもいいなぁ。

国際センター駅まで戻ると、「展望テラス」があることが分かりました。ちょっと覗いて、一望して、椅子にしばらく腰かけて。
頑張って帰ることにしました。

ずんだスムージーお気に入り。牛たん塩だれと仙台みそかつのおにぎり。

仙台駅で、昨日の夜、本日分売り切れで飲めなかったずんだスムージーを飲んで。新幹線のホームで、仙台ゆかりのおにぎりを2つ買って。

*

その日は、帰宅して荷物を整理した後は、爆睡。
でも気持ちがうまく整理できなくて。

翌日、途中まで作業を進めていた、【memorial news 2014】のページの作業を朝から晩までやりました。中野さんが湯郷にいた頃のこと、プレーを見直せば、何かこの訳の分からない泥沼から抜け出すきっかけがつかめる気がして。そして翌日も作業、夕方に完成。
私がそのときにできた、湯郷と、そして中野さんについてのすべてのことをやりました。
ページの完成の直後、湯郷の宮間あや選手残留を含めたニュースが入ってきました。7月24日の仙台対湯郷戦で、図らずも退団意向を申し出た4名の選手が出なかった試合を観て、湯郷は、もしいったん下に落ちたとしても将来的にこのメンバー主体でやっていけるのではないかという確信を持ったので(続く長野戦の様子を伺ってもその印象は変わりませんでした)、経営さえ健全化できれば湯郷は生き残れる、そうなってほしい、と思っていました。勝手な思い入れですが、湯郷は私にとって、女子サッカーの故郷のようなチームだから、なくなってほしくはなかった。それとは別に、宮間選手の行くところは、結局、宮間選手ありきのチームになる可能性も感じていました。そして個人的には、宮間選手の湯郷への愛情や執着に依存もしていました。そこで思考がストップしていたので、宮間選手残留の結果になっても、気持ちが言葉にならず。
福元美穂選手の神戸入りが発表になって、それに対するいろいろな声が聞こえてきてようやく、少し我に返りました。中野さんが湯郷から退団を決めたときに何の迷いもなくついていくと決められた自分にとって、おそらく中野さんは女子サッカーの枠を超えて、特別な人なのだということが分かって。見失っていた自分の足元が、地に着きました。
でも、同時に、私はファンではあっても、サポーターではないのかもしれない、とも思いました。私には、中野さんに自分の気持ちを愛情を込めて渡せるだけの精神的なエネルギーはきっとないのです。ただ、好きという気持ちが持てるだけ。一人前に生きることができない今の状況では、中野さんがどんなに大事な人であっても、サポートできるような、後押しできるような立場には、多分なれない。
とても残念だけれど、これが私の限界なんだろうと思います。
それでも、私は中野さんが好きです。
このHPを守って、続けていくこと。事情と体調が許すかぎり観戦に行くこと。
ただ、それだけ、

・・・ここまで書いて、どうしても先に進めず、書いたことにも自信がなくなって、散歩に出ました。
ポケモンGO。
家から出て鍵を閉めようとしたら、クリーム色にモスグリーンのまだら模様のついた蛾が飛んできて、鞄の肩紐に止まりました。しばらくしても動く気配なし。
んー。そこにいたいのね。
そのまま散歩に出発。こういう綺麗な虫が鞄に止まってくれるときは、その虫が私を守ってくれているように感じます。ごくたまに、そういうときがある。心が弱っていたり、サポートを必要としていたりするとき。今日はこの虫がそばにいてくれるのだな。この虫が飛んでいったら、帰ろう。
途中、公園に向日葵が咲いていました。向日葵といえば、「美作の向日葵」こと松岡実希選手とそのいちばんのサポーター、ねーさん。2014年には途中からずっと中野さんの横断幕を預かってくれて、毎試合、掲出してくれました。ねーさんに向日葵の写真を送付。東京の向日葵はあんまり迫力ないけど。。
適当に歩いている間に、行ったことのないポケストップで誰かモジュール焚いてました(その場所のあたりでは時間限定でポケモンが出現しやすくなっているということです)。行ってみよう。近くまで歩いていったら、ヒトカゲが出現〜! 私はゲームを始めるときのチュートリアルで3匹いるうちの最初のポケモンを選ぶときに、よく分からないままにゼニガメを選んでいて。その後、フシギダネにはわりと遭遇していましたが、ゼニガメは数えるほどで、ヒトカゲは初めてでした。これでようやく御三家が揃いました。
歩いている間に、たくさん考えました。いちばん何度も頭に浮かんだのが「中野さんのことはもうあきらめよう」ということでした。そうすればもう苦しまなくてすむ。
何度も書いていますが、発病して、世界への信頼も人への信頼も失い、それを大きく取り戻すきっかけになってくれた中野さん。人を好きになるということを思い出させてくれ、また心を光に当てて、人への気持ちというものを育てていっても大丈夫なんだということを、女子サッカー選手であることで教えてくれた人。中野さんを好きになったことで、人との関わりも必然的に増え、少しずつ少しずつ世界への信頼と愛情を、取り戻してきました。もちろん身近で瓦解した関係もありましたが、5年経っても、私は未だに中野さんを好きでいる。私の世界の中心に、ずっと中野さんがいる。
中野さんを思う苦しみは、昨年の終わり頃、薬を減らして感情が戻ってきた頃から続いていました。でも昨年末に、中野さんから考えもしなかった大事なものをいただいて、その気持ちはいったん保留になっていました。
今年になってKUROさんが現れ、HPやbbsをご覧の方はご存知のように、私は精神年齢16歳の心で、また自分の中の中野さんへの気持ちをどうしたらいいのか分からなくなりました。サポーターの持つべき愛情の見本を示してくれているKUROさん。こんなふうに愛情を、言葉で、行動で、表現できたらどんなにいいだろうといつも思います。見習いたい。でも私には金輪際、そもそも元々の性格からして無理なのかもしれません。もう、限界が来ているのでしょうか。今の状態のまま私が中野さんを好きでいることは許されない? でもこれをばっさりあきらめてしまったら、私はまた世界への信頼も同時に失うでしょう。それは外部から見れば病状悪化の最悪のパターンに他ならない。何としても避けなければなりません。中野さんへの気持ちをどうしていくのがいちばんいいのか。答えは、きっと私にしか出せない。私はいったいどうしたら?
そう思ったときでした。
スマホの画面を見たら「おや?」と出てきました。
卵がかえるらしいです。だいぶ歩きましたからね(2キロとか5キロとか10キロとか、卵によってかえるまでの距離が決まっています)。今度は何かな。

「ピ〜カ〜!」
鳴き声とともに、画面に見慣れた姿が飛び出しました。
・・・ピカチュウだ・・・
え〜〜〜!!!!!\(^-^)/

まさかのピカチュウ。

先日、試合後のバスのお見送りのときに、初めて中野さんと目が合ったときのことを思い出しました。中野さんは笑うでも手を振るでもお辞儀をするでもなく、こちらを見ていて、最後にほんの少しだけうなずいた、ように見えました。私はそれをただ、無表情で見つめていました。私と中野さんの間にある何かが、この距離も含めて、すべてそこに集約されている気がしました。それぞれの中野ファンの方と中野さんとに、それぞれの関係があるように、私にもきっと中野さんとの関係は細々とでも存在しているのでしょう。それを過不足なく受け止めること、そこにすべてかかっているのかもしれません。苦しむのはきっと、望む関係に無理があるから。そしてそのことを心のどこかですでに分かっているから。それでもあきらめられないから。もし、苦しみから逃れるために私の心が閉じて、あるいは近寄る勇気がなくなって、中野さんのそばに行けなくなっても、中野さんへの気持ちを手がかりに、私なりにできることを、これからもしていきます。

結局、鞄に止まった蛾は、ずっとそのままで、自宅まで連れ帰りました。夕食で自室を暗くしている間にどこかへ行ってしまった。今日は一緒にいてくれてありがとう。

BGM:[.que]decide


おまけ。今回の旅の「23」。

宮城県美術館のコインロッカーです。