【スポーツについて?】


2018.5.17
昨晩、応援団のお一方が集客についての悩み?をつぶやいておられて、何となく反応したくなって、結局いろいろつぶやいてしまった。
長野ではまだ女子サッカーの認知度が低いということだった。
私は、女子サッカー応援の一側面である「厳しい環境のもとでも大好きなサッカーを頑張っている選手がいるから支えてあげませんか」的な奉仕精神ありきの方法での集客は、そろそろ限界なんじゃないかなと思っていて。
長野であるならば、快適にサッカーを観戦できるUスタに来てもらえるだけで、そこで過ごす時間を楽しんでもらえるのではないかと感じているので、Uスタを広告塔にするのがいちばん手っ取り早いと思ってる。女子サッカーの普及は、スタジアムに来てもらったときに仕掛ける方がうまくいくんじゃないかなって。
そんなことを考えながら眠って起きたら、たまたまツイッターを流れてきた浦和のサポの方のツイートで、浦和(男子)の集客がピークから落ちたときというのは、音楽の野外フェスやAKB48が出てきた頃で、いわゆる娯楽として、サッカーがそれらに追い越されたのではないかと仰っていた。その方も言っていたけれど、音楽やアイドルによるパフォーマンスならばほぼ必ず一定の感動が得られる。それに対して、スポーツの試合というのは、勝ち負けがあって、必ずしも安定した感動を保証するものではないよね。大勢の集客がある場所、かつての宗教的な場に近いのかもしれないそういうシチュエーションにおいて、分かりやすい感動=得点シーンもそれほど多くないサッカーの試合は、現代においては遅れを取っている可能性も確かにある。
ただ、サッカーは単なる娯楽じゃなくて、スポーツだよね。スポーツって? そもそもいったい何?笑 何で私たちはスポーツをこんなに日常的に大事にしているのかな? 観戦する立場の人間は、いったい、スポーツに本当のところ何を求めているんだろう。
アスリートは実際のところ、「何を」しているんだろう。
そしてサッカーは、そのスポーツの中でどんな立場にあるんだろう。スポーツの歴史の流れの中で、どんな位置にあるんだろう。
そういうことが分かれば、どんな層に向かって集客すべきなのかが分かるかと思って。



誰か教えて(「勝手に学べ」という声がする)。
そういうことは、FIFAマスターにでも行けば学べるんだろうかね。行けないけど笑。
また、上に書いた音楽の野外フェスのようなものでも、特にアーティストを目当てにせず飲んで騒いでいるだけだったり、あるいは野球場の観客席においても、BBQ席やパーティ席を設けるなどして、試合を熱心に見てほしいのとは違う方向にかじを切ってるらしい。ただ集まって楽しみたい人に、場を提供するようになってるってことなのかなぁ。サッカーもそうなっていくんだろうか。
いずれにしても、宗教観の薄いこの日本で、大勢の集客のある場所というのは、疑似宗教的な、つまり同じものを一斉に信じる崇拝、もしくは場を共有するという熱狂を感じられる場所として機能しているんだろうから、そういう欲求を満たすための側面は無視できないだろうね。
現在の女子サッカーにその基準に見合ったほどの集客があるかは微妙か。。しかも、それを目指すべきなのかもやや疑問。
スポーツが、実際に宗教から派生したものだという考え方は、哲学者の思考にもあるようで(例えばルドルフ・シュタイナー)。ただ、スポーツは、多くが同じ場で2者が戦う形式をとっているから、一対象だけに熱狂する危険があらかじめ回避されている。お互いに本来相容れない他者が含まれた状況であるところが、宗教から派生したものといっても、ワンステップ上がっている(もしくは下がっている)のかもしれないな。スポーツが持つメリットの一つかしらね。女子サッカーは、さらに、応援するチームの異なるサポーター同士がお互いを思いやる、根底に連帯感のある?フレンドリーな感じだしね。



私は別に難しいことを考えたいわけでも、模範的なサポーターになりたいわけでも、ただ頑張ってる人を応援したいわけでもなくて、女子サッカーを取り巻く状況が面白い(興味深い)ものであってほしいと思っているだけだけど、何かいろいろ考えてみたいこと、知りたいことはあるなぁと思って書き出してみました。



あ、宗教って言えば、選手を偶像崇拝するのも、スポーツにそういう宗教的な機能があるからなんだろうなぁと思いましたよ。
私は真奈美さんを偶像崇拝しているのかな? 7年近く経っても目の前に出ると過度の緊張に襲われるというのは、私が真奈美さんを選手として尊敬しているからなんだと思うけども(書き言葉だとなぜ普通に話しかけられるのかは不明。ほぼフィクションを書いているのに近いんだろうか)。そもそも根本的にファンサのような場に向いてない性格なんだと思います。。でもそうねぇ、二次情報をまるで建築物のごとく蓄えるあたり、ここは真奈美さんを崇めるためのモスクのようなものなのかな?? うーん、そうかなぁ、違う気もする。。自分が好きである対象として拠り所にはしてるし、プレーは直感的に好きなままだし、選手としての人生を歩んでいることに対して尊敬もしてるけど、崇めてはないよな。。
私は、いわゆる宗教に対しては、その集団性においても、信仰方法においても、からきし苦手なので、よく分かんないや。一神教が人間という生きものの心の歴史上、必然的に出現したものであることは理解しているんだけどね。個人的にはそういうものより、山とか自然への信仰の方が信じられる。だから、よく分からない力に向かってはお祈りしたりもするし。。



膨大に、まったく一言じゃないね笑。というわけで、【*hitokoto*】に書くはずが、内容はたいしてないけど、コラムになりました。