【スポーツについて? その2】


2018.6.20
ええと。前回の「スポーツについて?」で思いっきり基本的なことを書き忘れたので、その2を書こうと思っていたら、何だかスポーツ界いろいろありますね。書いている途中でW杯も始まりました。



書き忘れたことというのは、スポーツが、人間が持つ闘争本能を平和的に開放するための代理戦争の役目をしているという件。
人間が、というよりも生物が、自分の身体を含む自己のエリア意識を根本的に持っている以上、それが他者のそれと接触したときに起こる縄張り意識は必須で、その場合、必ずしも穏便な形で解決しないこともある。その最大規模のものが戦争になってしまうわけだけど。縄張り意識が接触するときに備えて、持っている縄張り意識と、それを守ろうとする、あるいは相手を侵食しても拡大しようとするような闘争本能は、スポーツという勝負が前提の形式によって、上手に平和的に(まぁサッカーの場合、フーリガンとか存在しているけどさ)発散されていると思っています。



スポーツの意味、意義について考えていたら、先日、日大のアメフト部で起こった残念な出来事について、元陸上競技選手の武井壮さんがツイッターで呟いているのが流れてきました。その一つ。


この中の「最善の努力の時間」を過ごすという言葉。そして「世の中で生きていく為の武器や名誉、勝利より大切な人生」を得るという言葉。
ここに、スポーツに取り組む意義の一つが書かれているかなぁと思いました。
人生において、集中して長い時間、スポーツに取り組むことのできる人は、資質や運命、環境に恵まれている一部の人だけだと思います。誰もが、濃密な「最善の努力の時間」を過ごせるわけではない。でも、彼らはきっと多くの選択肢を捨てて、スポーツを中心にした生活に取り組んでいると思います。それが可能なのは、叶えたい「夢」があるからなのかもしれませんが、もしその夢に届かなかったとしても、「最善の努力の時間」を過ごしたことは、大切な経験として残る。アスリートが、多くの人から尊敬されるような人格に育つことがあるのは、全力で目標に向かった「最善の努力の時間」を経験していて、またそれが自分がひたすら目指していたであろう「勝利」より大切なものであることを、どこかで実感するからなのだろうなぁと、武井さんのツイートを読んで思いました。
「最善の努力の時間」を過ごすことに関しては、アスリートの他にも研究者や芸術家など、特に専門職に就くことのできた(あるいはそれを名乗りつづけられる)人は、みんな共通して言えることかもしれないですね。人生において一つのことに集中できる期間があるというのは、それ以外の生活面等を周囲の人に支えられているということでもあり、それだけで恵まれている。そしてそれに見合う努力を続けた人だけが、持つことのできる時間です。



ここのところ、引っ越しなどもあって、各種SNSからいっそう遠ざかっていました。
たまたま今日、旧友の誕生日だったので、その相手もほぼ使っていないのだけど繋がりだけはあるSNSを覗いたら、昨夜の日本対コロンビア戦での勝利に対して、タイムライン上では喜ぶ声ばかりではなかった。他のSNSも合わせてタイムラインでその両極端な反応を見ていたら、とても消耗してしまい、ツイッターの個人のアカウントからサッカー関係の方へのフォローを外させてもらいました。再度棲み分けを図ったということです。そのすべての方について、すでに真奈美さんのアカウントからフォローさせていただいていて(同時にそちらでフォローしていただいている方がほとんどです)、私の勝手でダブらせてしまっていたものをいつかどうにかしようと思っていたのを、この機会にしました。ツイッターの方ではあえて公言しませんが、フォローを外したのはそういう理由です。勝手をしてすみませんでした。
世の中には、熱狂がナショナリズムに近寄ることを極端に嫌う人がいます。その全体主義的な意味での危険性はよく分かるのですが、スポーツというのは、まさにそういう危険性を昇華するためにあるのではないのか? オリンピックは良くてサッカーのW杯がダメだというのもよく分からない。文化系の方の中にはスポーツそのものが嫌いな人もいるので、仕方ないと思いながら、それでも今日はしんどかったです。
その昔、ミニコミで文芸誌をやっていた頃、ミニコミ=マイナーだからこそ出会えた、政治系を含めたいろいろな考え方の人に出会いました。ほとんど一期一会だったけど。そして、本当に自分の考えをお持ちの方々ほど、色々な考え方があって良い、という立場で、議論をすることはあっても、他の考えを否定するようなことはしませんでした。日本の勝利に対する皮肉的な言説は、単に狭量に見える。
しかし結局、私も、一つのタイムラインで大きく異なる意見が混在するのを見るのが苦痛になるくらいの狭量さ加減であって、今後の自分のスタンス、SNSとの付き合い方も含めて、とても考えさせられています。
ちなみに、今回のコロンビアからの勝利は、日本のサッカー界において初の南米からの勝利であり、個人的には、このためだけにでも出場してよかったと言える快挙だと感じています。



この世界の中でのスポーツの位置。
私がこの先、どんな立場で生きることになっても、ずっと考えていきたいテーマです。
そんなわけで、ちょこっと表紙をリニューアル(昔のタイトルロゴを持ち出しただけとも言える笑)しました。